さて、今回の考える力の考察は、不確かな状況での「決断力」です。
「え?決断力って、思考能力とはちょっと違くない?」…と思う方も多いかもしれませんね。はい、私も最初これを「考える力」に含めるべきかどうかは少々悩みました。しかし、よくよく考えてみれば、「ある状況下で得られる情報をもとに分析・考察を行い、何らかの結論・判断を下す力」が「考える力」でないはずがない。重要な思考能力の一つであると捉えるべきでしょう。
今回は、論理思考を補完する思考能力ともいえる「決断力」について考察します。
考える力の考察 記事一覧 第1回「考える力の重要性」 第2回「汎化能力」 第3回「想像力」 第4回「メタ認知能力」 第5回「論理的思考能力」①定義 第6回「論理的思考能力」②妥当な根拠 第7回「決断力」(本記事) |
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現代は「VUCA」の時代である
昨今のコンピューターの高性能化やスマートフォンの普及に代表されるように、ビジネスのみならず現在われわれを取り巻く環境は日進月歩であり、数年後の環境すら予測することが難しいと言われています。
かつてアメリカ陸軍は、予測困難な状態を
- Volatility 不安定
- Uncertainty 不確実
- Complexity 複雑
- Ambiguity 曖昧
の頭文字を取り、「VUCA (ブーカ)」という言葉で表現しました。昨今の社会状況はまさにこのような状況にあるとされ、世界経済フォーラム(ダボス会議)で取り上げられるなど主に経済・ビジネスの分野で盛んに「VUCAの時代」が到来したといわれるようになっています。
そして、最近では経済やビジネスの観点だけでなく、働き方改革、人生100年時代、QOL(生活の質)向上など、生き方や価値観の文脈でも VUCA はよく取り上げられるキーワードになっています。VUCAはビジネスのみならず、広い範囲に渡って我々の暮らしに影響を及ぼす社会環境の変化を的確に表している言葉であると言えるでしょう。
VUCAな世界では、論理思考は通用しない
さて、このようなVUCAの世界においては、これまでとは違った考え方が必要になります。
考える力の代表といえば論理的思考能力ですが、VUCAな状況では与えられた前提から出発して一歩一歩推論を進めていく論理思考は実践不可能です。なぜなら、論理思考の出発点である前提自体が曖昧だったり不確実だったりするわけですから。
具体的にはこんな状況です。
まず普通の論理思考はこんな感じですよね。
(前提)AならばB。BならばC。
(結論)よって、AならばC。
対して、VUCAな状況はこうです。
例えば「不確実」な場合。
(前提)AならばBかもしれない。BならばCかもしれない。
(結論)よって…、AならばCかもしれないし、違うかもしれない…。
うーん、これはもうほとんど何も言っていないに等しいですね。
もう一つ。「曖昧」な場合はこうなります。
(前提)AならばBっぽい。BならばCのような雰囲気がある。
(結論)よって…、AならばCな気がする…?
上司に提出したら速攻で「やり直し!怒」とこっぴどく叱られそうな結論ですね(笑) でも、これは少々誇張だとしても、もはやVUCAな現代はこのような状況に近づきつつあります。
ビジネスシーンにおいては、以下のような変化が挙げられるでしょう。
- 過去長期間にわたって成功した戦略や施策が機能しない(不確実)
- 昔は単純に広告を打てば売上が比例したが、今は当たり外れが激しく、安定しない。よく分からないところでバズったりする(不安定、曖昧)
- 仮説を立てようにも、考慮すべき要素が多すぎ、かつ予測の振れ幅が大きすぎる(複雑、不安定)
つまり、現代における多くの意思決定の場は、確かな前提がないため確実な結論が出せず(論理的思考:演繹ができない)、過去の経験や事例から一般化を行おうにも再現性に乏しい(論理的思考:帰納もできない)状況にあると言えます。
それはあたかも何の拠り所もない未知の海を手探りで泳いでいかなければならないようなもの。しかしながら、そのような状況でも我々は日々意思決定をしていかねばなりません。
では一体、VUCAな世界ではどのような資質・思考力が必要になるのでしょうか?
VUCAな世界で必要となる力
考え続ける姿勢
VUCA な状況では、結果が約束された、確実な意思決定は困難です。
しかしそのような状況においても、どうにかして思考を進め、
「こんな案はどうだ?」
「恐らくこれが正しいのではないか」
「いや、きっと、これが正しいはずなんだ…!」
と必死に仮説を捻り出し、練り上げ、解を自ら選び取っていく。
これは何ら確実なことの言えない状況でも思考停止に陥らずに思考し続けることの出来る能力であり、「考える力」そのものを実行し続ける能力とも言えるでしょう。(考える方法論自体を考える、なども含め、メタ思考力と呼んでもいいかもしれませんね)
「考え続ける姿勢」は、言うまでもなく、特に経営者や研究者に必要な資質です。彼らは常に未知の、前人未踏の、不確定性の海で泳いでいるのですから。しかし、それらの職業に限らず、もはや広い範囲にわたってVUCAの波が押し寄せている現代においては、考え続ける姿勢は我々すべてに必須の資質となってきているのではないでしょうか。
不確かな状況での決断力
本エントリのタイトルにもかかわらず、やっと出てきましたね、決断力。
確実な拠り所のない場面では、結局いつかは「思い切った判断」が必要になります。これが「決断」です。
逆に言えば、確実な結論の出せる状況下では「決断」なんて必要ないということ。こういう前提だと、このロジックが成り立つので、よって結論はこれ。ハイ終わり。それなら迷うことなどありません。それができない状況だからこそ、決断が必要になるのです。
「決断」は決して、「目をつぶって闇雲にエイヤッと決めること」ではありません。何も確かな材料はない、確実に言い切れることはない、だがそれでも、理のないところに自ら理を作り出し、選び取っていくことです。
つまり「決断力」とは、「理のないところに自ら理を作り出す力」に他なりません。そして、そこでは「これがこうなって、てことはあれがああなって…」というようなロジックは成り立たないため、その拠り所を他に求めることになります。実のところ決断力のキモは「迷ったとき、決め手に欠けるときに、どのような観点・基準をもとに選択を行うのか」という指針選びであり、「決断力」とは、その指針選びの上手さであると言えるでしょう。
従って、どのような観点・基準を指針として採用するのか、それが決断のクオリティに直結します。では決断力を上げるために、どのような指針が役立ちそうであるのか、考察しましょう。
「美しい決断」のための、基本コンセプト
コーンフェリーグループ シニアパートナーの山口周氏は、著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の中で、VUCAな状況での意思決定の拠り所として、「美意識」が有用であると説いています。
その意見自体に異論はなく、この本は論理的で整然と書かれた得ることの多い良著ですが、残念ながら「美意識」自体が曖昧な概念であるため、結局「曖昧な状況での意思決定指針として『美意識』という曖昧な概念を持ち出す」という図式になっており、これは同語反復の様相を呈しています。(当書においては「美意識」の代わりに「真・善・美」や「倫理的」などの言葉も使われていますが、結局これは言い換えに過ぎず曖昧な概念のままです)
そこで、ここでは「美意識」や「普遍の真理」を形づくる、もう少し具体的な指針を示すことを試みたいと思います。
もちろん、美の感じ方は人それぞれに違い、万人に絶対に共通する美というものは多くはないと思いますが、それでも、幾つかの主な「美の基本」は存在するはずです。
アートやデザインの分野であれば、左右対称(線対称)、点対称、黄金比、補色調和などが挙げられます。ビジネスの世界、いや、広く「思考」や「決断」の分野においても、そのような普遍の「美しい意思決定の基本」は存在するはずです。それを考察してみましょう。
ここに挙げるコンセプトは、ありふれた、よく耳にするもの、当たり前に感じられることばかりです。しかし、これらのコンセプトを「論理思考が通用しない、VUCAな状況における羅針盤」として道具立てしておくことは、迷ったとき、決めきれないとき、きっと役立つものと思います。
シンプル・イズ・ベスト
目的に対して、単純で、直接的で、余計なものがないということ。
「シンプル・イズ・ベスト」は、様々な分野で言葉を替えて表現されます。
- 自然科学:「オッカムの剃刀」(ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない)by オッカム(哲学者・神学者)
- 建築/デザイン:「Less is more」(より少ないことは、より豊かなこと)by ミース・ファン・デル・ローエ(建築家)
- 工学設計:「KISSの原則」(「Keep it simple stupid.」(シンプルで愚鈍にする))by ケリー・ジョンソン(航空機設計家)
他にもアインシュタインやニュートン、レオナルド・ダ・ヴィンチやサンテグジュペリも同様の言を残していますが、どんな言い方でも、言わんとすることは同じです。単純かつ簡潔に本質を的確に捉えたものの価値は高いということです。
時代や分野を超えて、一流の人間がこぞって同様の主旨の主張をしていることからも、「シンプル・イズ・ベスト」は普遍の真理と呼ぶに値するコンセプトと言ってよいでしょう。決断の際の指針としても、有効に機能するものと考えられます。
わかりやすい
誰から見ても、理解しやすいということ。上記の「シンプル・イズ・ベスト」と重ね合わせれば、「単純明快」だということですね。
将棋史上初の永世7冠を達成した羽生善治棋士は、著書『決断力』の中で「決断するときはたとえその手が危険であっても、わかりやすい手を選んでいる」と明言しています。
誰がどう見ても、一目瞭然。明快すぎて、異論の出しようがない。そのような案は、そのままでは簡素すぎて肉付けや詳細化が必要になるかもしれませんが、ブレない軸に据えるにはうってつけです。基本路線において正しい可能性が高い。
状況を整理しきれないときは、最も単純でわかりやすい位置まで立ち返ることも必要かもしれません。
スモールスタート
小さく始め、リスクを限定するということ。小さく始めれば、失敗してもダメージは少ないし、上手くいったならだんだん大きくすればいい。ダメだった点を調整できる余裕も生まれる。
スモールスタートは、成功するか失敗するか読めない、確実性に乏しい場合のベストプラクティスです。成功率は低いが当たればデカい、そういった場合にはこの戦略が適切です。
確率が高くもないのにイチかバチかでドカンと大きく賭けてしまえば、一度の負けで全財産を飛ばしてしまうのは自明でしょう。それはギャンブルでよく聞く破滅への近道。ギャンブルに限らず、少量ずつ細かく賭けて、リスクを限定するのは株式取引などでも定石の戦略です。
長期的視野で判断する
最終的に、最大の成果が出せる選択肢を選ぶということ。
「短期的には結果が出るが長期的にはそれほど大きな成果は出ない」選択肢と、「短期的には結果が出ないが長期的には大きな成果が出る」選択肢では、常に後者を選ぶようにすることです。
例えばマリオカートなら、加速が早く小回りも効くが最高速度は遅いキノピオと、加速が遅くコーナリング性能も低いが最高速度が速いドンキーコングでは、常にドンキーコングを選ぶようにすべき、ということ。慣れや練習が多く必要になりますが、最終的なタイムはドンキーコングの方が早くなります。
この選択は、言わば「最初のうちは負ける」「努力が多く必要になる」ことを予め覚悟し、受け入れるということです。でも、「最後には勝つ」。どっちがいいか?それは、あなたにお任せします。が、私は最後に勝つことをお薦めしたいと思います。
論理に反していない
論理的に間違っていないということ。
あれれ?
さっき論理は役に立たないって言ってたじゃない??
いえいえ、役に立たない、とまでは言っていません。そうではなく、論理だけでは不足である、と言っているだけです。VUCAな環境は、論理では決めきれず、「論理を超えた何か」、つまり「超論理」が必要な状況である、ということ。
でもね、
論理的に明らかに間違っている案は、普通にダメです。
論理的に間違っている案は、VUCAな状況であろうとそうでなかろうと、真っ先に検討対象から外せるものです。論理的思考は、速やかに明らかな不正解を除外し、ざっくり正解っぽい候補を絞り込むのには依然として有効なのです。
論理に反しない案は、直感的にも自然に感じられ、それを実行に移す際にも抵抗が少なく、受け入れられやすいでしょう。
VUCAに対する、アンチテーゼ
さて、気付きました?
え?何が??
そうですよね。でも、実は、前項で唐突に、何の必然性もなく、羅列しただけのように見える上述のコンセプトは、それぞれがVUCAに対するアンチテーゼ(反対概念)になっていたんです。
- 複雑 ⇔ 単純 (シンプル・イズ・ベスト Simple)
- 曖昧 ⇔ 明快 (わかりやすい Easy)
- 不確実 ⇔ 着実 (スモールスタート Small Start)
- 不安定 ⇔ 長期的戦略(長期的視野 Long Term)
- 論理が通用しない ⇔ 論理に反してはいない(Reasonable)
結局、VUCAな状況は別にどうしようもない、何の手立てもない状況というわけではなく、真っ向から一つ一つ対策を考えれば、正解率を上げることはできるでしょう。
目的に対し、シンプルでわかりやすく、理に適っている。リスクを取りすぎず、長期的展望を見据えている。そんな解は、正解である可能性が高い。たとえそれが、論理的には説明できなくとも、既存のデータや実績からそれを裏付けることができなくても、ね。
「決断」チェックリスト
決断に迷ったときは、基本コンセプトに反していないか、以下のような観点で今一度チェックしてみましょう。
- 目的に対して、直接的であるか?(例:本当はモデルになりたいのに、なぜかインスタのフォロワーを増やすことに一番時間を使ってスイーツの写真ばかり撮っている)
- パラメータや仮定が多すぎないか?(例:この年齢層がこのぐらい居て、興味を持っている割合がこれで、検索エンジンの順位がこれで、クリック率がこれ etc… だと仮定すると、売上はこのぐらいになる)
- その案の核を、一言で説明できるか?(例:そのコンセプトを、小学生でも分かる言葉で説明できるか)
- 目先の利益を追うのではなく、最終的に勝つ案になっているか?(例:機械的にリストラをして一時的に数字は良くなったが、一緒に中核社員もごっそり抜けてしまった。競争力を生み出す源泉を失ってしまった)
最近の世の中は、どうにも複雑で、難解で、分かりづらく、回りくどく、無駄の多い施策が多い気がします。そんな結論に陥りそうになったとき、またはそんな複雑怪奇な説明をされて煙に巻かれそうになったとき、どうかこのチェックリストを思い出してみていただきたい。
このどれかに反していたら、何かがおかしくなってきている前兆かもしれませんよ。
「決断」には、勇気が試される
最後に。
どんなに頭を絞ろうとも、どんなに対策を打っても、その決断が功を奏するかどうかは、やってみなければ分かりません。確率を上げることはできても、”絶対” はない。そこに踏み出すためには、必ず「勇気」が必要になります。
「勇敢」と「無謀」の差は、そこに信念があるかどうか。
必死に勇気を振り絞り、出来うる限りの思慮の末に下した決断は、決して「無謀」ではありません。前に踏み出した者だけに見える景色があるはず。勇敢な者には、明るい前途があることを願っています。
今回のまとめ
- 現代はVUCAな環境であり、論理的思考だけでは決断できない。別の判断基準が必要になる。
- シンプルでわかりやすく、理に適っている。リスクを取りすぎず、長期的展望を見据えている。そんな解は、正解である可能性が高い。
- 難しい決断でも、思考停止に陥らず、前に進む勇気が必要だ。無謀ではなく、勇敢であれ。
ではでは今回はこの辺で。
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